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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)5979号 判決

原告

伊藤清美

ほか一名

被告

下村貞美

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告伊藤清美に対し、金一三九二万七五四九円及びこれに対する平成六年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告中植龍也に対し、金一二九八万七五四九円及びこれに対する平成六年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通乗用自動車が、道路上で立ち話をしていて後ろに倒れかかってきた中植由美子(以下「由美子」という。)に衝突し、同人が死亡した事故につき、同人の子である原告らが、被告に対し、民法七〇九条、七一一条に基づき、損害賠償を請求(過失割合にかんがみ内金請求)した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む)

1  事故の発生

左記事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成六年九月一九日午後九時三五分頃

場所 大阪府豊中市清風荘一丁目七番一二号先路上(以下「本件事故現場」という。)

事故車両 普通乗用自動車(大阪七七の五八三五)(以下「被告車両」という。)

右運転者 被告

佇立者 由美子(昭和一八年七月一七日生)

態様 由美子は、南側車線上に停車していた桜田徳夫(以下「桜田」という。)車両の横で立ち話をしていた際、後ずさりをする形で尻餅をつく状態で倒れかかったところを、北側車線を西から東に走行してきた被告車両に衝突された。

2  由美子の死亡及び相続

(一) 由美子は、本件事故により、平成一〇年四月二四日、死亡した。

(二) 由美子の死亡当時、原告伊藤清美(以下「原告清美」という。)及び同中植龍也(以下「原告龍也」という。)はその子であった(甲六八)。

3  損害の填補

(一) 由美子は、自賠責保険等から、本件事故による損害に関し、合計三二九二万円の支払を受けた。

(二) 被告は、原告らに対し、本件事故に関し、三七八万三一七四円を支払った(弁論の全趣旨)。

二  争点

1  本件事故の態様(被告の過失、由美子の過失)

(原告らの主張)

対向車線上に停車中の車両があり、その付近に人がいる場合、運転者としては、前方を注視し、突然であれ、人が自車走行車線上に飛び出すことを予見すべきであり、その場合、路上の人に対し、クラクション等で注意を促し、かつ、いつでも停止できる速度に落とすべき注意義務があるにもかかわらず、被告は、前方注視義務及び警告義務を怠り、減速不十分なまま、漫然と進行したものである。

過失割合は、被告が七割、由美子が三割とするのが相当である。

(被告の主張)

由美子は、道路上での立ち話の最中に、突然反対車線上に後ずさりの形で尻餅をつくように転倒し、そこに被告車両が差し掛かったため、本件事故に遭ったものである。被告は時速三〇ないし四〇キロメートルで走行中であったが、由美子の本件事故直前の様子を見るに、予測しえないような行動に移ることを窺わせるような状況は全く看取されず、道路状況も人の出入りが多い等の状況にもなかった。また、由美子は、センターラインの外側に穏やかに佇立していた状況にあった上、由美子の視野には被告車両が入っているか、その近づく音も聞こえていた状況にあったから、被告にとって、分別ある大人である由美子が突如後ずさりすることを予測させる何らの徴候もなかった。したがって、被告には、本件事故を予見することは不可能であり、かつ被告車両が由美子の横を通過する直前の事故であったから、これを回避することは不可能であった。原告らは、被告において、人が道路に飛び出すことを予見し、クラクションを鳴らすなり、いつでも停止できる速度に減速すべきであると主張するが、由美子は飛び出したのではなく、何らかの事情により、同人自身も予測しない形で後ずさりしたのであり、同人の予側し得ないことを被告が予測できる訳がない。

したがって、被告には何ら過失はない。仮にそうではないとしても、大幅な過失相殺を求める。

2  損害額

(原告らの主張)

由美子は、本件事故後、千里救命救急センターに救急搬送され、急性硬膜下血腫術後、脳挫傷、上気道感染症、褥創、尿路感染症を呈し、いわゆる「植物状態」に陥り、平成六年一一月一日、緑ケ丘病院にて、「植物状態」の入院治療後、平成七年一〇月三日、甲聖会紀念病院に入院し、「植物状態」のまま、平成一〇年四月二四日、死亡した。なお、平成八年三月一三日、自算会より、後遺障害等級一級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの)の認定を受けている。右の次第により、由美子及び原告らは、次の損害を被った。

(一) 由美子の損害

(1) 治療費 三六四万四二七四円

千里救命救急センター 一〇八万〇九八〇円

被告の既払主張額を援用するものと解される。

緑ケ丘病院 二二〇万二一九四円

甲聖会紀念病院 三六万一一〇〇円

(2) 付添看護費 六五七万円

(3) 入院雑費 一七〇万八二〇〇円

(4) 文書料 一万〇三〇〇円

(5) 入院慰謝料 五〇〇万円

(6) 後遺障害一級もしくは死亡による慰謝料 二六〇〇万円

(7) 死亡による逸失利益 二七七七万九四一〇円

(二) 原告清美の損害

(1) 固有の慰謝料 五〇〇万円

(2) 葬儀関係費 一二〇万円

(3) 弁護士費用 一三〇万円

(三) 原告龍也の損害

(1) 固有の慰謝料 五〇〇万円

(2) 弁護士費用 一二〇万円

(被告の主張)

争う。

由美子が死亡したのは、肺炎による呼吸不全のためである。

3  消滅時効

(被告の主張)

(一) 本件事故による由美子の症状は、平成七年一〇月三日に固定したから、この日が消滅時効の起算日である(ただし、初日不算入)。

(二) 右の日から三年は経過した(当裁判所に顕著)。

(三) 被告は、本件第一回口頭弁論期日(平成一一年七月二九日)において右消滅時効を援用する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著)。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む)

一  争点1について(本件事故の態様)

1  前記争いのない事実、証拠(甲二1、2、証人桜田、被告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故現場は、大阪府豊中市清風荘一丁目七番一二号先路上であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場を通る道路(以下「本件道路」という。)は、概ね東西方向の片側一車線(各車線の幅員は約三・五メートル)の道路であり、各車線の脇には歩道が設置されていた。本件道路の路面は、平坦なアスファルト舖装路であり、本件事故当時は乾燥していた。本件事故当時は、夜であったが、街灯により、比較的明るい状態であった。

被告は、平成六年九月一九日午後九時三五分頃、被告車両を運転して本件道路の東行車線を西から東に向かって時速四〇キロメートル程度で走行し、本件事故現場付近に差し掛かったところ、別紙図面〈1〉地点で、西行車線上に駐車している車両(以下「桜田車両」という。)の脇で元内縁の夫である桜田(同図面〈甲〉地点)と立ち話している由美子(同図面〈ア〉地点)を認めた。そのとき、由美子は、サンダルを履き、両手を桜田車両の右前ドア上部にかけた姿勢で、桜田に対し、「帰らないでくれ」という趣旨の話をしていた。被告は、特段危険を感じさせる状況でなかったことから、そのまま進行したところ、同図面〈2〉地点を走行している時、東行車線の方向に後ずさりの形で尻餅をつくように転倒してきた由美子を認め、危険を感じ、急ブレーキをかけたが、間に合わず、同図面〈3〉地点において、被告車両の右前輪タイヤと由美子の背部(同図面〈ウ〉地点)とが衝突し、被告車両を同図面〈4〉地点に停車した。由美子は、右衝突後、頭部をアスファルト路面に打ちつけた。

由美子が後ずさりした原因は、定かではないが、桜田車両の右前ドア上部にかけた両手が外れたところ、履き物がサンダルであったことも手伝って身体のバランスを崩したものと推察される。

通常人の反応時間は、〇・七五秒程度であり(当裁判所に顕著な事実)、その間に時速四〇キロメートルで走る車両は約八・三三メートル進行することになる。

以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、立ち話をしている大人が突然後ずさりの形で尻餅をつくように転倒してくることは予想しにくいから、本件事故は、主として、本件道路の東行車線内に突然後ずさりの形で尻餅をついてきた由美子の過失のために起きたものであると認められる。しかしながら、いかに予想しにくいとはいえ、佇立者が何らかの不意の動きをすることも全く予想できないというわけではないから、その側を走行しようとする者はなるべく速度を落としながら道路端の近くを走行することが期待されたというべきであって、被告にもこの点の注意が欠ける面があったものと認められる。

そこで、本件における一切の事情を考慮し、本件においては、八割の過失相殺を行うのが相当である。

二  争点2について(損害額)

1  由美子の損害額

(一) 由美子の損害額(過失相殺前)

(1) 治療費 三六四万四二七四円

由美子は、本件事故の結果、標記金額の治療費を要したものと認められる(甲二五ないし四八、四九1、2、五〇1、2、五一ないし五四、弁論の全趣旨)。

(2) 付添看護費 六五七万円

由美子の傷病の内容にかんがみると、平成六年九月一九日から平成一〇年四月二四日までの一三一四日間にわたり付添看護を要し(前認定事実)、一日あたり五〇〇〇円として、合計六五七万円の付添看護費を要したものと認められる。

(3) 入院雑費 一七〇万八二〇〇円

由美子は、本件事故による傷病の治療のため、一三一四日間入院したから、一日あたり一三〇〇円として合計一七〇万八二〇〇円の入院雑費を要したと認められる。

(4) 文書料 一万〇三〇〇円

由美子は、本件事故の結果、標記金額の文書料を要したものと認められる(弁論の全趣旨)。

(5) 入院慰謝料 三六〇万円

由美子の被った傷害の程度、治療状況等の事情を考慮すると、右慰謝料は三六〇万円が相当である。

(6) 後遺障害一級もしくは死亡による慰謝料 一八〇〇万円

証拠(甲四、八ないし一一)によれば、由美子の死亡は、本件事故と相当因果関係にあるものと認められる。そして、本件事故の態様、由美子の年齢(本件事故当時五一歳)、遺族である原告清美の年齢・生活状況(昭和四四年一二月二四日生、平成五年一一月二三日婚姻)、原告龍也の年齢・生活状況(昭和五一年二月九日生、転職内定中)、原告らは固有の慰謝料をも求めていること、その他本件に表れた一切の事情を考慮すると(甲六八、七〇、原告清美本人)、由美子の死亡慰謝料としては、一八〇〇万円を認めるのが相当である。

(7) 死亡による逸失利益 一〇八三万八〇〇〇円

証拠(甲二、原告清美本人)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉由美子(本件事故当時五一歳)は、本件事故当時、パートタイマーをしており、朝から勤務に出たが、夕方早くには帰ってきていたこと、〈2〉亡くなった夫の遺族年金を月二〇万円程度得ていたこと、〈3〉原告龍也と同居していたこと、〈4〉本件事故に遭わなければ、五一歳から一六年間は稼働することができたであろうこと、〈5〉パートタイマーによる収入は不明であることが認められる。

右のとおり、由美子の本件事故当時における勤務状況及び実収入を示す的確な証拠はなく、原告側に基礎収入の立証責任があることに照らすと、的確な証拠のないまま安易に賃金センサスに依拠することには疑問を差し挟まざるを得ない。そこで、基礎収入を年額一〇〇万円とするとともに、生活費控除を無いものとして(すなわち、遺族年金で生活費を賄っているものと考える。)、ライプニッツ式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右期間内の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式)1,000,000×(1-0)×10.838=10,838,000

(二) 由美子の損害額(過失相殺後)

以上の合計は、四四三七万〇七七四円となるところ、前記の次第で八割の過失相殺を行うと、八八七万四一五四円(一円未満切捨て)となる。

これを原告らが各二分の一の割合(各四四三万七〇七七円)で取得した計算になる。

2  原告清美の損害額

(一) 原告清美の損害額(過失相殺前)

(1) 固有の慰謝料 二〇〇万円

本件事故の態様、由美子の年齢、由美子と原告清美との関係その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告清美固有の慰謝料としては、二〇〇万円とするのが相当である。

(2) 葬儀関係費 一二〇万円

葬儀費用は、一二〇万円の限度で本件事故と相当因果関係にあると認められる。

(二) 原告清美の損害額(過失相殺後)

原告清美と由美子とは民法七一一条所定の関係にあることにかんがみ、由美子の過失をいわゆる被害者側の過失として考慮し、原告清美の損害についても、前記の次第で八割の過失相殺を行うのが相当である。

前記(一)の合計額は、三二〇万円であるところ、八割の過失相殺を行うと、六四万円となる。

3  原告龍也の損害額

(一) 原告龍也の損害額(過失相殺前)

固有の慰謝料 二〇〇万円

本件事故の態様、由美子の年齢、由美子と原告龍也との関係その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告龍也固有の慰謝料としては、二〇〇万円とするのが相当である。

(二) 原告龍也の損害額(過失相殺後)

原告龍也と由美子とは民法七一一条所定の関係にあることにかんがみ、由美子の過失をいわゆる被害者側の過失として考慮し、原告龍也の損害についても、前記の次第で八割の過失相殺を行うのが相当である。

前記(一)の金額は、二〇〇万円であるところ、八割の過失相殺を行うと、四〇万円となる。

4  原告らの損害額(由美子の損害承継分と固有の損害の合計額)

(一) 原告清美の損害額

原告清美は、由美子の損害につき、四四三万七〇七七円を承継し、その他固有の損害として六四万円を有するから、これらを合計すると、五〇七万七〇七七円となる。

(二) 原告龍也の損害額

原告龍也は、由美子の損害につき、四四三万七〇七七円を承継し、その他固有の損害として四〇万円を有するから、これらを合計すると、四八三万七〇七七円となる。

5  損害額(損害の填補分控除後)

本件交通事故に関する既払金は合計三六七〇万三一七四円であるから、前記原告清美の損害額、同龍也の損害額からこれを控除すると、どちらの原告についても残額は存しない。

6  弁護士費用 認められない。

右のとおりであるから、被告に負担させるべき原告らの弁護士費用を認めることはできない。

三  争点3について(消滅時効)

前記のとおり、由美子の死亡は、本件事故と相当因果関係にあるものであるところ、本訴提起までには死亡日(平成一〇年四月二四日)から三年経過していないから(当裁判所に顕著)、被告の消滅時効の主張は認められない(前記一及び二によれば、消滅時効の成否について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないが、消滅時効の抗弁の性質はいわゆる全部抗弁であり、過失相殺の抗弁よりも論理的には判断が先行するので、消滅時効の抗弁が認められない旨示しておくことにする。)。

四  結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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